遠い昔、肥沃な黄色い大地に立つ二匹の猫。一匹は黒。一匹は白。
何不自由なく育ち怖いもの知らずの若い猫は、何事にも満足できない。
白い猫は言う「僕はこの海の遥か彼方にあるという大陸に渡ろう」
黒い猫も負けじと「じゃぁ、俺はあの高くそびえ立つお山のテッペンに登ってみせる」
いつの日かの再会を約束し、二匹はそれぞれの信じる道を歩き始める。
高き山には、裾野に広がる“樹海”が待ち受ける。
岩石の上に生える苔、その上に根を張る木々、昼なお暗く迷路の様で先は見えない。
さらに襲い来る魑魅魍魎、夜の獣たち、浮かばれない者たちの死への誘いか。
孤独に耐え、闇を進む黒猫に唯一の救いは、人懐っこく近寄る三毛の迷い猫。
気の合う二匹はためらうことなくさらに樹海に分け入って行く。
一方白猫は、果てしなき大海を目の前に、ただ立ち盡くす。
それでも勇気を振り絞りちっぽけな舟で漕ぎ出すが、波間で歌う人魚の声に強く惹かれる。
やがて荒波に飲み込まれ、海の中へと消えていく。
鼓膜に泡の音を聞きながら、人魚は若く美しい白猫の願いを一つだけ叶えると言う。
そして二人は、深海へと沈み込んでゆく。深く、深く……。
黒猫と三毛は危険や妨害に遭いながらも、何とか樹海をくぐり抜けようとした。
しかし、樹海の出口には、山犬の女が待ち受けている。
怯える二匹。恐怖から、黒猫は三毛を山犬の女に差し出してしまう。
身の程知らずの黒猫は、己の無力感を嫌というほど味わう。
樹海の暗闇の中でのたうつ哀れな黒猫。
ここから黒猫の本当の“樹海”が始まる。
最愛の者を失ったと気づいた黒猫は、生きる術を無くしてしまう。
ひたすら樹海の中を彷徨する黒猫。
樹海の魔物も“仲間”である彼をもう脅したりしない。
黒猫は樹海に同化しつつあった。
…………
無気力な“樹海の者”となった黒猫にある晩近づいてきた盲目の土竜。
黒猫の“匂い”を感じ、岩戸へと誘う。
そして現れる樹木の精。その美しさと逞しい生命力に、我を忘れ踊り狂う。
やがて彼女は岩戸の中へ消え去る。
我に返った黒猫は山犬や樹海の魔物を死に物狂いで振り払い、
精霊の消えた岩戸の眩い光の中に身を投じる。
そしてひたすら突き進む。
上へ上へと。
気がつけば、山の尾根に立つ黒猫。
目前に迫る頂上と足下に広がる樹海の裾野。広大な土地。
さらに遠方には白猫が渡ろうとした大海までもが見渡せる。
剣ケ峰に立つ黒猫。
果たして自分は生きているのか、死んでいるのか。
頂を極めたのか……。
どのくらいの時が過ぎたのだろう…………黒猫はもと居た黄土へと立ち返っていた。
“下界”の喧騒と雑踏にまみれながら
白猫と約束を交わし別れた場所に近づくと、猫の鳴く声がしてきた。
それは海猫となった白の化身。
「以前どこかでお会いしましたか?」